2012年 12月
冬来たりなば春遠からじ
ODE TO THE WEST WIND 西風に寄せる歌 T おお、奔放な「西風」よ、「秋」を証しする息吹よ、 おまえ、その目に見えない存在から枯葉が 吹き立てられ、魔法使いから逃れる亡霊のように 黄に、黒に、白茶けた色に、熱病やみの赤に 染まって飛ぶさまは、疫病に取りつかれた群衆さながらだ。 おまえ、暗い冬の床へと翼ある種子を運び そこに冷たく生気なく横たえる者よ、種たちは そこで墓の中の屍体のように冬を越し、 やがておまえの水色の妹の「春風」がそのラッパを まだ夢みる大地に吹き鳴らし (かわいい蕾を羊の群れのようにせかせて空気を食べさせ 野山を生きいきとした色と香りで満たすのだ。 どこにでも翔けて行く奔放な「霊」よ、 破壊者にして保存者よ、聞け、おお、聞け。 U おまえ、その流れに乗って、けわしい空の騒乱のさなか、 大空と大洋の縺れ合った大技から吹き千切られ 大地の枯葉のように飛んで行くのは 雨と稲妻の天使たちだ。おまえが煽り立てる 空気の大波の青い表面には、あたかも狂乱の 酒神(バッカス)の巫女たちの頭から逆立つきらきらした 髪の毛のように、濛々と煙る水平線の涯(はて)から 天頂の高みに至るまで、近づく嵐の前髪が 散り広がっている。おまえ、死に行く年の挽歌よ、 それに対しこのせまりくる夜が巨大な墳墓の 円天井となり、それをおまえは集めた雲の 総力をあげてせり挙げているが、やがてこの 凝縮した水蒸気のかたまりから黒い雨と、火と 雹とがほとばしり出るであろう、おお聞け! V おまえ、青い地中海をその夏の夢から 目覚めさせた者よ。おまえはかつてその海の 水晶のように澄んだ渦潮にあやされて、 バイイ湾の軽石の島のかたわらで 水中のより明るい日の光で宮殿や古塔が 揺らめくさまを夢に見ていたのだ。それらは 一面群青色の苔や花ばなに掩われていて、 その美しさは心に描くだけでも気が遠くなるほど! いまそのおまえが大西洋を渡ってくるというの 大海原が二つに裂けておまえの道筋を作り はるか下方の海底では海の花ばなや 汁気のない海藻たちがおまえの声を聞くや たちまち震えおののいて全身蒼白となり 武器を捨ててひれ伏すのだ、おお、聞け! W もし私がおまえに運ばれる枯葉であったならば もしおまえとともに天翔(あまか)ける雲であったならば あるいはもし、おまえほどに自由でなくても おまえの力の下に喘ぐ波として、その衝動を ともにし得たならば、おお、不覇なるものよ! せめて子どもの頃のように、空行くおまえの 友となり、天翔(あまか)けるおまえの速さの上を行くことも 夢ではないと思えた時期の私であったならば 今このように切実な思いに駆られて こうした祈りをおまえに投げかけなかったであろう。 おお私を波や葉や雲のように持ち上げてくれ! 私は人生の茨の上に倒れる! 血が流れる! 時間の重圧が鎖につなぎ、ひれ伏させる― おまえに似て飼いならされず、機敏で、誇り高き者を。 X 森が風に鳴るように私をおまえの竪琴にしてくれ。 私の葉が森のように散り落ちてもかまわない。 おまえの力強い風のどよめきは森と私の両方に おまえ激しき魂よ、私の魂になれ! おまえは私になれ、激烈極まるものよ! 私の死んだ思想を枯葉のように舞い上げ 宇宙に追い立てて新たな生命を芽生えさせよ。 そして、この詩の魔術的な力によって まだ消えつきぬ炉から灰と火の粉を撒くように 私の言葉を人類の間に振り撒いてくれ! 私の唇を通じてまだ目覚めぬ大地に 予言のラッパを吹き鳴らしてくれ!おお西風よ、 冬が来たなら、春の遠いことがあり得ようか。 |