中学時代
高校時代
予備校時代
教員時代  1978〜2001
2007まで
2008年以降

 また詩を書きはじめることにした。直接のきっかけは、5月に べてるに行ってSさんやNさんの自作の曲を聞いてからだ。
 久し振りに直接 胸に響く歌で生きていく勇気をもらった。詩を書くことによって今の自分を少しでも客体化し自分を見つめていければと思う。
 詩は、子どもの詩、自分の内面の詩、家族の詩と大きく三つにわかれる。
 中学、高校、予備校時代に書いていたものも読み返してみた。今となっては、もう書けないものもあるので載せておきたい。
 大学時代には、友人たちと一時期 現代文学研究会というものをつくって、よく文学について語り合った。その時 書いた短編をリニュアールしてみたいとも思っている。
 教員になってからも詩らしきものをほんのわずかだが書いていた。それもまとめてみたい。
 そして金属製の昔のトランクには、私の両親が書いたものもある。いつかと思っていたが、ようやくその時が来たように感ずる。
 これから様々な創作活動を はじめていきたいと思う。
                                                              2003.8.9.

2003年

    えんそく
えんそくが やってきた
えんそくは とおい
えんそくは てくてくあるく
えんそくは しゅうだんこうどう
えんそくは おひるが うまい
えんそくは つかれる
えんそくは おわったら ほっとする
ほっとする

    食器がわれた
食器がわれた 食器がわれた
給食のおちゃわん われてしまったよ
どけなさい
だれか ちりとりと ほうき もってきて!

食器がわれた 食器がわれた
給食のおちゃわん われてしまったよ
また きみか!

食器をわらないで 食器をわらないで
みなさん きをつけてね

   子ども
子どもは おしゃべりが すき
なんて すきなんだろう
子どもは ころびやすい
子どもは ろうかを 全速力で走る
それが 子ども

   がっこう
どうして がっこうって あるんだろう
がっこうって なんなんだろう
子どもたちは どうして 
がっこうに くるのだろう

せんせいって いったい なんなんだ
せんせいは 子どもがいなくなると ひとり

がっこうは お金がかかる
親は そのために
汗水たらして 働く
手をつなぐ 子どもらよ
がっこうは どうして あるのだろう


    きゅうしょく
きゅうしょくは おいしい
ラーメン、カレーライス…
きゅうしょくは おいしい
牛乳も のめる
おなかがすいた
きゅうしょくは まだかな
ろうかで 食器を運ぶ 音がする
音がする

    がんばらなくても いいんだよ
がんばらなくて いいんだよ 君は君自身なんだから
あせることはない 力をぬいて ゆっくり生きていこう
今まで十分がんばってきたのだから 少し休もう
がんばらなくて いいんだよ これからは 内面の旅だ
自分自身の内側を見ていこう
自分の魂 自分の本当の心を

   地下鉄に乗って
地下鉄に乗って 今日のことを考える
たくさんの人 たくさんの顔が目の前にいる
あの人の人生 この人の人生
それぞれ あるのだろう
歩きながら 今までのことを考える
ああすればよかった こうすればよかった
いろいろなことが通りすぎる
きれいな花たち 伸びていく雑草
今まで気がつかなかった

     娘よ
むっつりしている娘よ
いつから おまえは 私と話さなくなったのか
この おもちゃで おまえは 
私の誕生日に演奏してくれたね
この おもちゃで いっしょに遊んだね
さようなら おもちゃたち ありがとう

幼稚園の送り迎えをしていた この場所
夏草がおおいしげっていた
ここで二人 バスを待っていた
あのバスには もう乗ることはできない

   
息子よ
私より大きくなって 私よりピアノがうまくて
私よりパソコンができて ブラスに熱中している
父さんは お前とキャッチボールがしたい
野球を見にいきたい
生まれたころ だっこして散歩したあの道
小さい頃は 二人でよく遊んだ
どこへいくのも一緒だった
でも大きくなって どんどん離れていって
自分の人生を歩みはじめた
だっこして おんぶして たかいたかいをしていた時よ
さようなら


2004年

2004年 8月9日
世界の果てから
木切れを持って 砂浜に
I love youと
書いた あの日
字は すぐに 波が 洗ってしまった
砂浜には 二人と 
なぜか おじいさんがいた
あの時 僕たちは
世界の果てにいたのだろうか
宴会で 二人で話した    
深刻な話だった
君は まだ若かった
あの時 僕たちは
世界の果てにいたのだろうか
駅で 手を振って別れた
よく行った喫茶店
スカートをはきたいと
言っていた
あの時 僕たちは
世界の果てにいたのたろうか

いくつもの世界の果てに立ち 
今の僕は いる
黄金の日々よ
翼に乗って
世界の果てから
もどっておいで
若い日 青春

     冬の道
真冬の凍った道を
僕は 歩いた  
つるつると滑る道を
僕は 走った
滑るのを楽しむかのように
無心になって
突然
幼い頃 姉といっしょに
雪スケートをして遊んだことを
思い出した
そしてようやく
僕は少し寂しい大人になれた

 わたしの宝物
子どもたちに 「わたしの宝物」として
作文を課した
多くて三つまで
子どもたちの顔を見ながら 
わたしの宝物を考える  
自分や家族や友人は もとよりそうだ
それらを抜かして考えてみる
一つ 仕事に使った教材のすべて
二つ 今まで受け持った子どもたちの歌声や踊りのテープやビデオ
三つ 今まで私が書いた文章 写した写真
それらを生み出した 愛しい時間よ

   教師は
教師は市民に向かって
何を語ることが できるのだろう
ふと 考えてみる
教員どうしなら
研究会なら
懇談会なら
いろいろなことを話せる
話してきた
だが
一般市民には 教員社会のことは通用しないだろう
わかりずらい 自分本位 自己満足 自己保身 エトセトラ
教師が市民に語りかける時 何かが変わる
教師のカラを抜け出し 水平に見ることができるだろう
対等の意識を かちとることが できるだろう
教師よ 書を捨てて 街へ出よ

   冬の雪道
冬の雪道を 独り歩く
雪は 降る降る まはりに
フードを目深にかぶり 急ぎ足で 
みんなで歩くと 道ができる
独りで歩くと 道は できるのだろうか
冬の雪道を 独り歩く
雪は 降る降る まはりに
ポケットに手を入れて すべりながら
みんなが歩くと 希望となる
独りが歩いて 希望となるのだろうか

   歩きながら考える
  30分 夕方 30
歩き 地下鉄 歩きの時間が
今の 私の 思考の源泉だ
とても貴重な時間
  30分 学校につくまで
今日 一日の決意ができる
夕方 30分 家につくまで
今日 一日の疲れが とれる
今日も 歩きながら 考えた
教師の仕事を ボランティアとして
考えては どうだろう
そうしたら 嫌なことも 感じない
耐えることもできる
私も社会貢献しているのだと
子どもたちの まなざしを受け 
もしかしたら なんという ぜいたくな
ボランティアなのだろう

   競走
ピアノ弾くと 読書できない
読書すると ピアノ弾けない
ピアノと読書の競走
出かけると 家族と いれない
家族といると 出かけれない
出かけることと 家族の競走
仕事をすると 好きなことできない
好きなことすると 仕事ができない
仕事と 好きなことの競走
楽しいことどうしの競走は 楽しいな
苦しいことどうしの競走は 苦しいな
楽しいことと 苦しいことの競走では
楽しいことが 勝ってほしい


   サンタが来ないクリスマス
今朝 我が家に サンタは 来なかった
子どもたちは 何事もなかったように起きだす
ツリーの下には プレゼントが ない
そういう苦労は もう なくなった
私は 何も言うことができない
大きくなった子どもたちを見て
私は 苦いコーヒーを 飲む
サンタの来なかった クリスマスの朝
やって 来なかったのは
プレゼントだけでは ないことを
私は さめざめと
理解した

  再定義
再定義が はやっている
一種のブームか
でも だいたい自分に都合が いいように
変えるだけ
自分が 今を生きやすいように
改ざんするだけ
それでも なんでも 私も一つ やってみよう
教師の再定義
教師とは 未来に生きる子どもたちの命を守り 寄り添いながら
想像力と勇気を持って 市民とともに 民主主義を実現するために
行動する人間
なかなか むずかしいのが本音
かみくだいて言うと
以前は 旅芸人
現在は ボランティア
将来は ?

   怨念と 共に生きる
僕は 誰かに対して 恨みつらみを持っている
そういう自分を嫌だと思っても 持ってしまう
僕は 誰かに対して 失敗すればいい やめればいいと思っている
そう思う自分を 嫌だとも思っている
だけど
この怨念を無理に消すのではなく
怨念を はらすのではなく
この怨念と共に生きるしかない
僕は 本当は 臆病で保守的な人間だ
争い事も 暴力も 戦争も 怨念も嫌なのだ

   レンタル人生
僕には 借り物が多い
レンタルを よくする
書物 物 ビデオ CD. お金エトセトラ
借りる時は お金と交換する
お金を出して お知恵 拝借
いつまで続くのだろう
僕のレンタル人生

僕には 借り物が多い
書物 物 ビデオ CD. お金エトセトラ
早く 返さなくてはと
気だけが あせる
期日が遅れても
ただ誤るしかない
人から受けた親切も返しにいこう
借りをつくっては ならない
まだ間に合うだろうか

僕には 借り物が多い
いつまで続くのだろう
僕の レンタル人生
この命だって
かみさまから レンタルしているのかもしれない
やがて 返すことになるだろう
その時 やっと
僕の レンタル人生が 終わる